株式会社グルメ杵屋
飲食店のスタッフを中心としたパートタイマーの正社員転換を20年以上実施
出典)株式会社グルメ杵屋提供資料より転載
会社設立年 | 1967年 |
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本社所在地 | 大阪府大阪市住之江区北加賀三丁目4-7 |
業種 | サービス業(飲食) |
正社員数 (2017年3月31日現在) |
703名(男性626名、女性77名) |
非正規雇用労働者数 (2017年3月31日現在) |
パートナー社員 8,825名 |
資本金 | 58億3,823万円 |
売上高 (2017年3月31日現在) |
278億6,800万円 |
取組概要 | <背景> ・10年以上店舗で接客業務に従事する優秀なパートナー社員が多数存在 ・接客水準維持の観点から全店舗に正社員を1名配置する目標設定の中でパートナー社員から正社員への転換を実施 <内容> ・非正規の社員について正社員への登用を30年以上前から実施 ・2015年10月以降は社内の社員区分を正規雇用(総合職・一般職・専門職・地域限定職)と非正規雇用(パートナー社員)に整理。パートナー社員から総合職・一般職・地域限定社員への登用を推進 <効果・結果> ・優秀な非正規雇用労働者の戦力化 ・従業員のモチベーションアップ |
出典)株式会社グルメ杵屋提供資料より転載
同社は1967年3月に、前進となる両国食品株式会社を設立し、給食委託請負業務の経営から事業を開始した。その後1971年には奈良県奈良市に現在まで続く飲食店ブランドである「杵屋」の1号店をオープンした。その6年後である1977年には東京都に進出。1986年に株式会社グルメと合併し、現在の商号である株式会社グルメ杵屋に変更した。1989年には大阪にて上場、1995年には東京にて上場を果たした。
事業の前進となる創業家の家業が米屋であったことから飲食事業に参入した同社ではあるが、創業以来全国の経営不振に苦しむ会社からの依頼を受けて、合併や買収を実施して事業内容を拡大してきた。2017年現在、持ち株会社であるグルメ杵屋の下、連結事業子会社として7社が事業を実施している他、社会福祉法人も運営している。事業内容はレストラン以外にも、業務用冷凍食品製造、米穀販売、機内食の他、運輸(鉄道)、社会福祉法人、不動産賃貸と多岐に渡る。近年はイスラム圏の訪日旅行客の増加に伴うハラールフードの積極的な提供に取り組むなど、より多くの人が同社ブランドでの食事を安心に楽しめるための取組を進めている。
1.取組の背景
◆飲食の現場を支えるパートタイマー
同社では、正社員を新卒採用で確保する他、中途採用とパートタイマー(パートナー社員)からの転換を実施して、正規雇用の社員を確保している。新卒採用は毎年実施しているが、「入社1年後には店長として全国各地の店舗へ派遣する」ことが育成の基本方針となっている。入社1年で店舗を統括する立場として全国勤務をするため、新卒採用のハードルは高い。
出店が拡大している同社では、随時「店長ができる人材」を募集しており、中途採用やパートタイマーからの転換においても、この視点が重視されている。現在は、新卒採用の15名程度に加えて、中途採用と転換制度にて20から30名程度の新しい正社員を毎年確保している。
正社員の採用も実施するが、その全員が店舗で接客や調理担当として勤務するわけではない。同社が展開する飲食業の現場である店舗においては、「少人数の正社員」と「複数名のパートナー社員」によって店舗を運営することが基本的な体制となっており、パートナー社員はサービスの最前線を支える重要な戦力として活躍している。パートナー社員は女性が7割強を占めており、シフト勤務である。週20時間未満と20時間以上で大きく労働時間は分かれており、年齢構成としては20代以下が最も多い層である。勤続年数については、入職後1か月以内に退職する者が3割程度いる一方で定着すると長期勤続になる傾向があり、すでに勤続20年を超えるパートナー社員も複数名在籍している。業務内容は調理を行うキッチンと接客を行うフロアに分かれており、採用時の希望を踏まえて、業務を決定する。会計を扱うレジ業務もパートナー社員が実施をする。
2.取組の内容①(正社員・限定正社員への登用)
◆店舗を支える店長と転換制度
同社では、30年以上前から非正規雇用の従業員を正規雇用に転換する制度を実施している。飲食業における事業の最前線である各店舗において、店長の存在は大きい。店主として個人経営をする立場であり、店長のマネジメントや店舗運営の方針が、店舗内の人間関係や雰囲気づくり、ひいては売上に大きく影響を与える。そのため、「店長ができる人材」の確保と育成は同社にとって重要な課題であり、人材の確保のために取組を実施してきた。
(1)社員形態の整備(2015年度)
現在の雇用形態は、2015年4月より導入されており、大きく分けて「正社員」「パートナー社員」の二種がある。正社員はいわゆる「正規雇用」であり。「パートナー社員」が非正規雇用のパートタイマーである。
正社員については、さらに内部で職群に分かれている。「総合職」「一般職」「専門職」「地域限定職」の4種であり、職務や処遇が異なっている。
雇用形態一覧
出典)株式会社グルメ杵屋へのヒアリング調査をもとに作成
総合職は将来の管理職候補であり、上記の新卒採用は全員総合職で入職する。全国転勤があり、昇格に厳しい条件が設定されている一方で、他の職種と比較して処遇は手厚い。同社では原則として役割給制度を採用しているため、昇格に伴う役割の変化がないと、給与が増額されない仕組になっている。そのため、昇格要件が厳しい総合職については、一度の昇格で給与の昇給額も大きい一方で、昇格しない期間は在籍年数に関わらず給与が据え置きとなる構造になっている。
総合職のキャリアパスについては、新卒入社した新入社員の場合には、入社後社会人基礎研修として社会常識やビジネスマナー研修を受講する。1年目は会社の理念や同社の展開するブランド等の飲食に関する知識の習得の他、店舗研修を受講し、マネジメントを学ぶ。1年目の終了時には社内試験(面接を含む)を受験し、入社2年目より全国の店舗に正式配属される。このときに、試験に合格した者のみが、「店長」として配属される。将来的には、入社後12年程度で管理職に昇格する。
「一般職」は業務内容も基本的には総合職と同一であるが、将来的には管理職としてマネジメントに就く立場ではなく、スペシャリストである「専門職」をめざしていくことを基本のキャリアパスとしている。総合職と比較すると、昇格の要件が緩やかであり、職責等も総合職と比較すると軽い傾向にある。また、転勤を伴う異動については、本人の事情を踏まえて判断する。
「専門職」は、スペシャリストの位置付けであり、能力と保有スキルによって給与が増額する設計となっている。基本的には各店舗のスペシャリストや難関資格保有者を想定している職種であり、保有の能力によっては、管理職層である部課長級よりも高い収入を得ることも可能である。転勤に伴う異動がある点は総合職と同様である。
「地域限定職」はいわゆる「勤務地限定正社員」である。他の3職種と比較すると給与はやや低額に設定されているが、転居を伴う異動がない、という点で、後述するパートナー社員の転換の受け皿としても大きな役目を果たしている。一方で、店舗の撤退に伴う失職リスクを制度上抱えている。
(2)登用・転換制度)
同社では30年以上前から、「店舗で勤務するパート社員の正社員への転換」を実施している。現在の雇用形態・職種の枠組の中での転換・登用制度は以下のとおりである。
第一に正規雇用の社員間でも転換が可能となっている。一般職からは専門職及び総合職に転換することが可能である。一般職はキャリアパスが将来的には専門職をめざす職種として位置付けられている。一般職としての職位の最高位は店長であり、店長より上位の職位をめざす場合には試験を受験して専門職に転換する必要がある。また、一般職から管理職を目指す総合職への転換も可能であり、希望する場合には、専門職への転換と同様に転換試験を受験し合格する必要がある。
総合職から専門職及び一般職へ転換することも可能であり、その場合には本人の申請と面接のみで転換の可否を決定する。
第二に、非正規雇用であるパートナー社員からは、「地域限定職」「一般職」「総合職」いずれへも挑戦することが可能となっている。いずれの職種への登用を希望している場合にも、登用試験を受験する必要があるが、パートナー社員の転換プロセスでは多くの面談を経ることになっている。
パートナー社員からの社員登用は、基本的にはパートナー社員の希望があった段階で試験を受験できる仕組にしており、随時実施されている。希望したパートナー社員はまず所属する店舗の店長と面談を実施する。店長面談に合格した場合には、店舗をブロック単位で統括する地区長の面談を受ける。地区長面談までの段階で、基本的な選抜は終了している。地区長面談に合格後は部長面接に進み、全社本部管理職の面接を受ける。合格後は最終面接として役員面接を経て登用が決定する。非常に詳細なプロセスを経ているが、これは正規雇用で入職された方の採用プロセスと整合する設計となっているためである。
パートナー社員の正規雇用登用の流れ
出典)株式会社グルメ杵屋へのヒアリング調査をもとに作成
本人の希望を前提としているが、能力のある方への最初の声かけは店長が行う場合も多くあり、店長からの提案を受けて本人が登用を希望するケースも多い。
3.取組の内容②(その他)
◆パートナー社員が活躍できる環境の整備
現在の同社の店舗運営においては、正社員1名に対してパートナー社員とアルバイトで10名程度の人員構成が一般的となっており、店長不在時のサービス水準の維持が重要な課題となっている。サービス水準の維持は現場の多数を占めるパートナー社員であることから、その育成とモチベーション維持のために多くの取組を実施している。
第一が時給の定期的な見直しである。近年は最低賃金が例年上昇しているため、最低賃金の水準にあわせた増額はもちろんであるが、それ以外にも近隣の競合店舗や新卒採用の給与水準にあわせて、時給の見直しを実施している。
第二に、パートナー社員についても昇格基準を設定して、評価を実施している。昇格基準を満たすことで個別の時給が増額する仕組を採用しており、評価と処遇が連動することを明示している。
第三に評価制度の浸透である。1年間の中で目標を立て、年3回の面談で達成度合を評価していく。最初の面談で店長とパートナー社員が目標を立て、中間面談で目標の達成状況を把握するとともに必要に応じて計画の見直しを行う。3回目の面談で1年間の評価を実施する。この評価制度を全社で浸透させることで、パートナー社員の成長意欲の向上やモチベーション維持、更には社員登用等のキャリアアップを意識づけるようにしている。
4.効果と課題、今後の運用方針
◆定着した登用制度と安定的な人材供給
30年以上の長い期間に渡ってパートナー社員の正社員登用を実施していることもあり、同社内では登用はキャリアアップとして定着している。毎年全社で20名前後のパートナー社員が正社員に登用されている。登用の職種は必ずしも働き方や職責が似ている地域限定社員に限られておらず、本人の意思に応じた職種登用が実現されている。
制度の定着によって、副次的な効果も生じている。「パートタイマーから正社員への登用制度を整備している」と明示することにより、採用現場の実感として、パートナー社員の新規採用への応募が増えている。将来的に正社員という安定的な雇用を見据えたパートタイム労働希望者にとって、魅力的な応募先として評価されているのではないか、と人事担当者は考えている。近年は全国で出店を拡大しているため、パートナーの応募が多いことは人材確保の観点や経営上の観点からも喜ばしいことである。また、一般職や総合職に転換した元パートナー社員については全国転勤も有り得るため、登用制度によって現場での豊富な経験を持つ正社員を全国に派遣できる、という効果も生じている。
◆より働きやすい店舗の実現へ
出典)株式会社グルメ杵屋提供資料より転載
現在同社では、1年間で新卒・中途採用とパートナー社員を合わせて50名弱が正規雇用の社員として勤務を開始しているが、一方で定年を中心とする退職を考慮すると全社では正社員数は自然減の傾向にある。全社で出店拡大を進めている現在、引き続き優秀なパートナー人材に正社員登用を勧奨して、現場を知る店長候補、管理職候補を増員していく予定である。
パートナー社員や登用された正社員の活躍のためには、より働きやすい環境の実現が不可欠であると考えており、シフト制で長時間サービスを提供する店舗の働き方改革や同一労働同一賃金の課題についても今後は検討する予定である。
5.活躍する従業員の声
うどん・そば部門
西日本北事業部 柴田さん
年代 | 50代 | 性別 | 女性 |
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勤続年数 | 16年 | ||
キャリアアップの過程 | 2001年パートタイマーとして入社。店舗にて接客業務に従事。 半年後に非正規雇用の技術社員(当時)に転換。副店長として接客と調理に10年間従事。 その後、店長昇格のための面接試験を経て正社員に転換。現在まで店長として引き続き店舗に勤務している。 |
◆非正規雇用のままで副店長に昇進
柴田さんは、パートタイマーとしてグルメ杵屋に就職する以前は、自営業に10年程携わった経験の他、入職直前の1年間は、自らが会社を経営していた立場であった。入社のきっかけは求人広告で、通勤距離が短いことが最大の志望理由だったと話す。また、同時期に応募していた他社よりも選考過程が早かったことも入社の理由となった。入社後半年で、非正規雇用ではあるが社員の一種である技術社員に転換。店長が不在の店舗において最上位の責任者である副店長として約10年間接客と調理を中心に、マネジメントにも取組む時期が続いた。
その後店長昇格のための面接試験に合格し店長に昇格。当時、社長交代と時期が重なり正社員への転換希望者を募ったことがきっかけで柴田さんは正社員として店長業務に従事する立場となった。
◆全社の女性の輪を広げる
正社員への転換を希望した時には、仕事量の急激な増加や自分にできるかどうか、社員に自分がついていけるのか、等の不安を感じたと話す柴田さん。実際に正社員に転換すると、一番大きな変化は処遇だったと話す。業務自体は副店長時代からの延長線上にあるため、大幅な変化という印象はなかったが、店長会議等、多くの人が集まる場でのプレゼンテーションにはやや苦手意識を感じているという。
パート時代も含めると勤続年数も15年以上となる中で、最近は管理職として求められるマネジメントの水準が高くなっていると感じている。日々、今の店舗をよりよくすることを目標に採用や育成を含めて自分にできることはすべて全力で臨んでいる。
非正規雇用の大半は女性であっても、女性正社員は少数派である同社の中で、女性のみが参加する研修等が増え、交流や情報交換の場ができることに、マネジメントの視点から期待を寄せている。
うどん・そば部門
西日本北事業部 坂口さん
年代 | 30代 | 性別 | 女性 |
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勤続年数 | 9年 | ||
キャリアアップの過程 | 2008年にパート社員として入社。店舗で接客業務を担当。 2015年4月の地域限定社員の新設をきっかけに正社員登用試験を受験し、転換。 現在まで店舗内のホール業務(接客)に中心的に従事 |
◆ダブルジョブワーカーとして
坂口さんは高校卒業後に一般事務として就職。4年程勤務したが、結婚を期に退職し、専業主婦として生活していた。その後、自由に使える時間の範囲での再就職をめざして、パートタイマーの就職先を探し、同社への入社に至った。当時ホテル清掃に関するパートタイム勤務も開始しており、二つの業務を両立できる勤務場所として通勤距離を重視して選んだと話す。入職後暫くはホテル清掃業務も継続し、同社においては店舗の接客に従事した。
勤務開始後、比較的早い段階で正社員への転換を打診されていたと話す坂口さんだが、正社員になると全国への転勤が発生することがネックとなり複数回断っていたという。2015年4月に正社員の雇用形態として地域限定正社員が新設されたことをきっかけとして、正社員への転換を前向きに検討。担当部長の面談を経て正社員へと転換した。
◆接客の現場が好き
坂口さんにとって、正社員転換による大きな変化は「事務作業の増加」と「安定した給与の支給」だった。パート時代は接客業務が大半であったことと比較すると、店内マネジメントの業務が増え、それに伴う事務作業が増加したと話す。一方で、安定した給与支給によりモチベーションは高まった。
接客業務が好きな坂口さん。店舗での接客業務に向いている、との判断もあり、現在も接客を業務の中心としている。実は、同社の正社員は、店舗においては「接客」と「調理」の業務両方に対応可能である必要がある。やや調理業務に苦手意識を持っていることもあり現在は調理業務については鋭意勉強中である。また、今後は正社員として、店舗を支えるパート社員の育成も担当する予定である。