株式会社鶴屋百貨店
契約社員を正社員に順次転換。優秀な販売専門職の確保とサービスの向上に取組む
出典)株式会社鶴屋百貨店提供資料より転載
会社設立年 | 1952年 |
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本社所在地 | 熊本県熊本市中央区手取本町6-1 |
業種 | 小売業 |
正社員数 (2017年7月1日現在) |
612名(男性239名、女性373名) |
非正規雇用労働者数 (2017年7月1日現在) |
契約社員 99名(男性1名、女性98名) 嘱託社員 24名(男性19名、女性5名) ※定年後再雇用社員 パート社員 37名(男性0名、女性37名) アルバイト 106名 |
資本金 | 1億円 |
売上高 (2017年2月28日現在) |
571億7300万円 |
取組概要 | <背景> ・小売業はお客様と接する売り場のモチベーション維持・向上が最重要課題 ・基本方針である「透明性のある経営」実現のために、正社員と同様の職務を担う契約社員の処遇に注目 <内容> ・契約社員について職務に着目して順次正社員への転換を実施 ・平成27年度は本店の売場に勤務する契約社員を中心に正社員転換を実施 ・平成30年度中に限定正社員制度を新設し、上記以外の契約社員も順次転換予定 <効果・結果> ・優秀者非正規雇用労働者の戦力化 ・従業員のモチベーションアップ |
出典)株式会社鶴屋百貨店提供資料より転載
同社は1952年に熊本市において地下1階、地上3階のショッピングセンターを建築し、営業を開始した。創業以来、一貫して熊本県内で小売業を展開している。
1971年には坪当たりの売上高日本一を達成。同時期にショッピングセンターから百貨店へ事業形態を転換した。1973年には本店店舗の大幅改装が完了し、「郷土のデパート」としての道を歩み始めた。1993年には若年層をターゲットにした販売戦略で人気を得たこともあり、本店所在地に新館であるウィング館をオープン、その後も2002年に東館をオープンする等、現在に至るまで店舗を拡大している。県内においては玉名、天草、八代、人吉、水俣、大津、荒尾の各地に店舗を構える他、熊本空港内にも出店している。
近年は百貨店によるあらたな価値の提供を目指し、「鶴屋ラララ大学」等の新規イベントを開催。美容部員によるメイクアップ講座や生鮮食品売場スタッフによる料理教室等、多種多様な商品を扱う百貨店スタッフならではの知識やスキルの顧客への提供に取組んでいる。
1.取組の背景
◆百貨店を支える販売員としての契約社員
同社では、正社員を新卒採用で確保する他、契約社員とパートタイマー、アルバイトの雇用を実施している。近年、正社員は10~15名採用しており、現場経験を経てマネジメントや経営に参画していくことを業務の中心とする。その一方で、契約社員は、販売専門職として売場で商品販売や接客に従事する。パートタイマーは、売場での販売や事務を担当するが、短時間勤務で時給制を採用しており、アルバイトは催事を中心とした短期での販売業務が中心である。このため、契約社員が、売場の重要な戦力として活躍している。
特に、同社では2002年度入社から2011年度入社の10年間新卒採用を中止しており、その期間には人員補充を契約社員の採用で対応していた。こうした事情もあり、百貨店の最前線である売場では、多くの契約社員が活躍しており、なくてはならない存在となっていた。
2.取組の内容(正社員・限定正社員への登用)
◆「透明性のある経営」を実現するための人事制度
同社では、2011年以降「透明性のある経営の実現」を掲げ、社内の人事制度改革に取組んでいる。透明性のある経営の実現のためには、鶴屋百貨店に勤務する誰もが我慢することなく働ける環境が必要との考えのもと、2012年には、正社員の給与体系や昇給・昇格制度の見直しを実施した。次に制度改革の対象となったのが、契約社員の処遇であった。
(1)正社員への転換(2015年度)
以前より契約社員から正社員に転換するための制度は整備されていたが、狭き門であった。また、昨今の労働関係法令改正、日本全体の人手不足構造の悪化の中で、契約社員の処遇は再検討する必要性が高かった。加えて、百貨店の中で現場の最前線を支える契約社員のモチベーションアップと、優秀な契約社員の社内戦力化は喫緊の課題であり、2015年度に大幅な正社員転換を実施した。
2015年度に約200名勤務していた契約社員のうち、「本店勤務の売場部門従事者」を中心に、2016年の3月と4月に正社員に転換した。
(2)限定正社員への転換(2018年度)
2018年度は、残りの約100名の契約社員についても転換を予定している。この内訳は、「地方店勤務」「本店の場合は勤続年数が短い」「レジ業務等の専門職」といった状況であり、その特性ごとに個別に対応を検討している。
「地方店勤務」の契約社員については、新設する「地域限定正社員」として2018年度中に正社員転換する予定である。これは、地方店に勤務する契約社員の大半が店舗周辺地域で生活をしており、県内の他店舗への異動が難しいためである。
「本店勤務者」については、新設する「職種限定正社員」に2018年度中に転換予定である。現在契約社員として本店に勤務する者は、事務部門も含めて専門職としての業務が多いことから、先に転換した契約社員とは取扱いを異にすることとなった。
レジ業務を担当する契約社員について、今後のレジ業務のあり方も含めて現在検討している。
各雇用形態の労働条件
出典)株式会社鶴屋百貨店へのヒアリング調査をもとに作成
(3)更なる再編を検討(将来的な検討)
将来的には、現在実施している転換制度の再編も検討している。上述のとおり、2018年度の転換実施後の社内の正規雇用の形態は、「正社員」「地域限定正社員」「職種限定正社員」の三種となる予定であり、正社員は、原則として新卒採用を実施していた総合職的な働き方を基本に設計されている。一方で、総合職に期待される中心業務がマネジメントであるのに対し、契約社員で勤務していた大半の者が現場の販売職として専門性を発揮している。このことを考慮すると、現在の雇用形態と職務や役割が一致しない、という課題が顕在化しつつある。
そこで、正規雇用について、「総合職」「一般職」「限定正社員」の三種に再編することを検討中である。「総合職」については、従来の「正社員」を想定しており、マネジメントを中心として「限定なく働く」働き方を想定している。「一般職」については、スペシャリストを想定しており、販売のスペシャリストや売場におけるブランド派遣社員の指導等、現場の専門職としてキャリアを積むことを想定している。契約社員の従来の働き方は一般職が近い。「限定正社員」は地域限定や職種限定(レジ・定型事務)など、2018年度に転換対象になる方の働き方を想定した区分である。この制度設計については、現在社内で適切な実施時期も含めて調整中である。
転換制度と今後の人事制度の予定
出典)株式会社鶴屋百貨店へのヒアリング調査をもとに作成
◆取組にあたってのポイント(現場の意見を反映した制度設計)
同社の一連の転換に関する取組においては、社長の強い意思が早い実施を可能にした。「透明性のある経営」の実現を目指す中で、社長を中心とする経営層が転換制度に理解を示したこともあり、大幅かつ早い転換を実現することが可能となった。
制度設計においては、現場の意見を反映することを心がけた。設計段階では転換後の職種が無限定で勤務する正社員のみであったこともあり、契約社員の属性や勤務実態にも着目して段階的な転換と、新規社員区分の新設を並行して進めた。第一弾で転換した70名についても該当者を全員一律に転換したのではなく、所属長の推薦と本人面談を経て、総合職への転換意思を有する者に対して実施した。
また、転換後の職位の位置付けにおいては、70名については、一律で一番下の職位である「一般職」に位置付けた。ただし、店内においては職位や職級以上に、現場(売場)での役割やラインが重視される傾向にあるため、売場での役割や位置付けを明確にしている。また、従来契約社員についても正社員と同じ考課表を用いて人事評価を実施しているため、転換者全員について「この人が新入社員として同社に入職していたら現在どのようなポジションにいるか」という評価が可能である。勤続年数や実績から昇格要件を満たしている方については順次昇格を実施している。
3.効果と課題、今後の運用方針
◆「鶴屋百貨店の社員」としての意識の醸成
2016年3月及び4月に実施した、大規模な転換制度から1年半程度が経過したが、一番の効果は「鶴屋百貨店の社員」としてマインドセットが変わったことである。百貨店の事業特性上、売場では特定のブランドの販売員として接客を実施することもあり、契約社員として長く勤務していても「百貨店の社員」としての意識醸成がしにくい、という特徴がある。特に、被服・化粧品・服飾雑貨等のブランドでは、各ブランドから派遣される販売員と共同作業で売場を構成するため、その傾向が強い。そのような状況の中で、多くの契約社員が正社員に転換することで、「会社を支える一員」としての自覚が芽生え、行動にも変化が生じている。現場の業務改善に対するアイデアの提案や全社イベントへの参加等で積極的な社員が増えた他、売場での旗振り役として、他の契約社員をとりまとめる役割を担う者が増えるなど、「会社」を考えて行動する社員が増えた。加えて、今後のスキルアップやキャリアパスを見据えて、自己研鑽にも積極的な社員が増加したという。
対象となった者の視点では、やはり雇用の安定、という点が最も大きな効果であった。長期勤続でありながら一年更新を続けている、という矛盾した実態の解消にとどまらず、職務に処遇が追いついたことに対する安心感や、長期雇用に対する安堵の声が人事部には寄せられている。
◆透明性のある経営の実現
同社は大規模な人事制度改革の中途にある。
現在検討を実施しているのが、労働契約法改正により2018年4月1日より開始される無期転換申込権への対応である。同社では、契約社員以外にも、パートタイマーやアルバイト等の有期労働契約で勤務している者が一定数存在する。そのため、現在取組んでいる転換制度が完了しても、引き続き有期労働契約労働者は存在することとなり、無期転換制度への対応は避けて通れない状況にある。すでに対象となる働き方をしている従業員に対しては意向を把握するアンケートを実施した。対応方針としては、労働条件を維持した状態で契約期間のみを無期に変更したい者(いわゆる「ただ無期」希望者)については、別途新しい制度を準備する予定であるが、正社員への転換を希望している者については、現在予定している限定正社員への転換と同一の枠組を活用する予定である。「ただ無期」を希望した結果、「無期雇用のアルバイト職」や「無期雇用のパートタイマー職」といった新たな雇用形態が生まれるが、処遇についての整理もあわせて実施する予定である。
複数年に渡る改革の予定として、2015年度に実施を始めた契約社員の転換制度は2018年度中には完了するが、一時的に実態と合わなくなった正社員の雇用体系の見直しが控えている。更に、2018年4月に開始される無期転換申込権への対応についても、従業員の希望に応える形での対応を検討しており、引き続き検討と制度設計、その導入・運用の時期が続く。
大規模な制度改革を支えるモチベーションは、「透明性のある経営」の実現である。百貨店を支える従業員が活躍できる場を整えることによる生産性の向上、ひいては接客を受けるお客様の満足度向上を通して実現される最終目標の達成のために、引き続きよりよい人事制度を目指して改革を進める。
4.活躍する従業員の声
販売部(化粧品売場)
濱田 裕加里さん
(出典:株式会社鶴屋百貨店
提供資料より転載)
年代 | 40代 | 性別 | 女性 |
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勤続年数 | 18年 | ||
キャリアアップの過程 | 1999年契約社員として入社。経理部出納課に配属。レジ業務に従事。 2007年に化粧品売場の販売員として配置転換。以後、同じブランドを継続して担当。 2016年4月に正社員に転換。引き続き化粧品売場の美容部員として接客に従事。 |
◆経理部から化粧品売場へ
濱田さんは、地元で百貨店を展開する鶴屋百貨店での勤務を希望して、入社。当初は専門性を活かして、経理部でレジ業務に従事。その後、2007年に本人の希望と人事部の推薦を契機として、化粧品売場の販売員として配置転換した。配置転換後は、一貫して同じブランドの化粧品を担当。10年間接客に従事している。
会社の転換制度の説明を受けた際には、契約社員としての勤続年数も長くなっていたことから、「鶴屋百貨店の正社員」として勤務することで、雇用の安定を得たいと思うと同時に、正社員としてのキャリアアップややりがいに魅力を感じた。面談を受けた結果、転換試験に応募・受験し、正社員となった。
◆表現者としての成長と後輩育成への挑戦
正社員転換それ自体によって、「責任や業務内容には大きな変化はなかった」と語る濱田さん。むしろ、転換の時期と前後して「鶴屋ラララ大学」の講師として登壇した経験が転機となった。初めての講師経験で最も難しいと感じたのは、「担当する化粧品ブランドの販売員」ではなく、「鶴屋百貨店の社員」としてメイク技術を参加者に伝えること。自社商品の販売ではなく、お客様にメイク技術をお伝えする経験は正社員ならではと感じ、登壇は「人にものを伝えること」や「お客様に満足感を感じていただくこと」を見つめ直すきっかけとなった。転換後は正社員にのみ受験資格がある販売士2級の受験を目指しており、現在も自身のスキルアップに取組んでいる。
売場における役割の変化は感じており、以前の「担当する化粧品ブランドの販売員」ではなく、「鶴屋百貨店の正社員として化粧品売場に配属された者」として、自分の立場や役割を考える機会が増えた。他の契約社員や担当する化粧品ブランドが派遣する美容部員と百貨店をつなぐ存在になりたいと考えている。特に後輩が増えてきているため、「今後は若手育成やマネジメントにも前向きに挑戦していきたい」と話す。
販売部(化粧品売場)
石坂 愛未さん
(出典:株式会社鶴屋百貨店
提供資料より転載)
年代 | 30代 | 性別 | 女性 |
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勤続年数 | 9年 | ||
キャリアアップの過程 | 2008年に契約社員として入社。化粧品売場で美容部員として勤務。 2016年4月に正社員に転換。引き続き、担当する化粧品ブランドで美容部員として接客に従事。 |
◆化粧品売場での勤務を希望して百貨店へ
専門学校卒業後の2008年に鶴屋百貨店に入社した石坂さん。専門学校では美容について学んでおり、卒業後は化粧品売場で働きたいとの希望を持っていた。現在担当する化粧品ブランドに配属後は、一貫して化粧品売場で接客を担当していた。
最初に正社員転換制度の説明を受けた際には、「ずっと鶴屋百貨店にいることができる」と感じたという。継続勤務をしてはいるが、契約社員である以上は契約更新が毎年1回発生する。転換をすることでお客様との継続した関係性の構築や自分を信頼してくださるお客様の安心感等、現在の業務内容から転換制度は魅力的に感じた。そこで受験を決意、転換試験を突破し、正社員に転換した。
◆「鶴屋百貨店の社員」としての未来はこれから
「転換後も大きな変化はなく、むしろ今までと同じ内容の業務に、より働きやすい状態で取組めるようになった」と語る石坂さん。加えて、正社員としてのスキルアップや社内での昇進も可能になったことで、転換はプラスの面が大きいと感じている。化粧品販売に従事する者は各ブランドが実施する研修には参加しているが、今後は社内の社員向け研修などスキルアップの機会も増えるのではないか、と期待している。特に、講師として登壇した「鶴屋ラララ大学」では多くのことを学んだ。各ブランドのイベントではなく、「百貨店全体のイベント」として準備に1年以上を費やした。講師登壇のために外部講師による研修を受講し、物の作り方やプレゼンテーション方法等を学ぶ機会を通して、登壇経験自体がスキルアップにつながったと感じている。
転換後1年が経ち、正社員としての将来についても考えるようになった。入社以来、化粧品売場にいるが、正社員であるため異動や配置転換の可能性もある。他の売り場を知ることについても前向きに考えており、成長の機会として現在は捉えている。