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キャリアアップ事例

キャリアアップに成功した方々を紹介します。
自分の希望の働き方について、キャリアアップを目指しましょう

株式会社ロフト
中村 絵梨香さん(つくばロフト 店長)

中村 絵梨香さん

マネジメントと人材教育、
双方の経験が調和して
独自の経営哲学をもつ店長に。

会社データ(2014年8月現在)
【事業内容】雑貨専門店
【従業員の内訳】ロフト社員2,805名、パートナー社員(*1) 1,165名、アシスト社員(*2) 183名 *1:6カ月以上の長期契約パートタイマー
*2:6カ月以下の短期契約パートタイマー

中村 絵梨香さんの年表

キャリアアップ~STORY

就職活動に見切りをつけ「ここなら上にいける」とパートタイマーに

全国に展開する雑貨専門店『LoFt(ロフト)』の“つくばロフト”店長を務める中村さんは、短大卒業直後の1999年3月からパートタイム社員としてキャリアをスタート、正社員登用を経て2014年から現職に就きました。(注:2008年からロフトは本社員・パートタイム社員などの従業員区分を廃した新たな人事制度を採用)

「学生時代の就職活動は氷河期で非常に厳しく、ゼミと卒論に集中するため早々に見切りをつけたんです。」その時取り組んでいた女性学ゼミで出会ったのが“男女を問わず登用・地方転勤のチャンスがある”ロフトの事例でした。「ここなら力を出せば上に行けるんだと関心を持ちました。」その一方で、クラシック音楽にも打ち込みアンサンブルを組んで活動していたため「パートタイマーなら演奏活動の時間も作りやすい」というもうひとつの動機もあって、ロフトのパートタイム社員に応募。池袋店の文具売場で1日5時間×週5日間の勤務をスタートします。覚えることの多さに「これが社会の厳しさなんだ!」と驚きつつも、販売、品出し、発注業務などに邁進。「皆が仕事に追われていたため、ゴミ捨てなど人の嫌がることからやろう、と考えていました。」このチームワークを重んじる姿勢やレジが混んだらサポートに入る臨機応変さなどが上司に評価され、4か月ほどで社会保険が適用される1日7時間勤務のパート社員に。8名ほどの同期入社メンバーのうち登用は1名という狭き門でした。

管理職へ順調にステップアップするも、メンタル面の不調に

つくばロフトで。
「お客様がまた来たいと思えるお店を皆で全力で作り、業績を上げたいですね。」

2003年には約10名のパートタイム社員を束ねるサブリーダーに昇格し、インテリア売場に異動。上司から問題解決の課題を託されての抜擢でした。「売場のメンバーはほとんどが女性でしたが2つの派閥に分かれ、問題が生じていたんです。」均衡を取り戻し一丸となって売上目標を達成するために「“○○ちゃんがああ言った”など少し面倒くさい問題も、とにかく傾聴して“それは大変だね”“それだけあなたは一生懸命やっているんだよね”などの会話を繰り返しました。そして派閥が解消した時、売上も跳ね上がったんです。」この成果が評価され、上司の推薦のもと2004年正社員に登用されます。

新宿ロフト(当時)で半年間ユニットリーダーを務めた後、2005年に池袋ロフトのアシスタントマネージャーに昇進。インテリア売場の“人・物・金・情報”をマネジメントする立場になり、責任範囲は勤怠管理、売上管理、商品の発注承認、店舗レイアウトなど広がりました。当時ロフトは急速に店舗数を拡大し、それに伴って管理職への人材登用を加速し始めており、中村さんはその第1号。チャンスに恵まれた反面、過渡期で自己裁量に任されることが多く「任命されたらやるしかない状態でした。数字的な分析がうまくいかない時などは、先輩たちに率直に相談し解決していきました。」

2006年、順調にフロアマネージャーに昇進しますが「もっと頑張らないと、と自分を責め続け疲弊していました。“うつ”かも、と気づいたのは3~4月の繁忙期を切り抜けた5月頃。小さなミスが続き、部下からも“どうしちゃったんですか!?”と言われて、あ、やっぱりおかしいんだ…と。」心療内科で“うつ”と診断された中村さんは、人事部とも相談のうえマネジメント職をいったん離れます。「当時29歳。会社を辞め音楽の道に戻って海外留学しようか、などと心が揺れました。でも辞めなくてよかったと思います。」

トレーナーからマネジメント職に復帰して、店長へ

2008年本部教育訓練課に転属し、新店オープン時のトレーナーとして仕事を再始動。その後、大宮、渋谷、横浜の各店に異動して、OJTでのトレーニングや顧客サービスのレベル向上などに取り組みながら、引き続き各地の新店に出張してオープニング教育も担当しました。約5年間で20店舗以上の開店を経験し「トレーナー業務も一巡したな」と感じた中村さんは、新たに2つの進路を想定し、会社に希望を出します。ひとつはトレーナーからさらに専門化し“能力開発”に携わる道、もうひとつは再びマネジメント職でステップアップする“CL店長(=ロフトにおける標準店の店長)”への道。

2014年、会社から任命されたのは“つくばロフト店長”(CL店長)でした。「店長は全ての経営責任があるので大変ですが、とても楽しいです。」マネジメントと人材教育の経験を積み、病気によってメンタルヘルスの大切さを実感したこと。さらにプライベートでずっと音楽鑑賞や演奏を仕事への活力にしていたこと。それら全てが今、店長として活かされています。「経験からみて、店長は長くて2年で異動になります。だから着任した日に、皆と過ごせる時間のカウントダウンを始めました。地方店の優秀な人材が埋もれないようプロデュースしたいと考え、“今この人をチーフに登用すれば異動までに間に合うな”などと計画しています。また“うつ”の経験から、そのつもりがなくても強い口調に聞こえていないか気を配っています。ここで働く30人の雇用を守るためにも、お客様がまた来たいと思えるお店を皆で全力で作り、業績を上げたいですね。私がいなくなっても根付くように。」ご多忙ではないですか、との問いに「店長は判断することが多いため、むしろプライベートに余裕がないと気が回りません。店長職を、子供がいても家族がいても、趣味など違うことに打ち込んでいても、できる職種にしていくことも目標です。」そして「50歳までがむしゃらに頑張って(音楽のために)ドイツに移住する、というのも今後の選択肢のひとつなんですよ。」中村さんの様々な経験と未来像が、アンサンブルのように豊かに響き合うインタビューでした。

応援メッセージ

中村 絵梨香さん

将来を考え、迷っている人も多いでしょう。でも無理して道をひとつに絞ったり、何かをあきらめる必要はないと思います。時代も人もどんどん変化します。状況や出会いに応じて柔軟に変化すればいいんじゃないかな。私も音楽を諦めません。

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