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キャリアアップ事例

キャリアアップに成功した方々を紹介します。
自分の希望の働き方について、キャリアアップを目指しましょう

株式会社日本レストランエンタプライズ
三浦 由紀江さん(駅弁マイスター)

三浦 由紀江さん

44歳の専業主婦が“駅弁販売のカリスマ”に!
仕事を楽しむことから始まった、
異例づくしの物語

会社データ(2014年9月末現在)
【事業内容】飲食サービス業(駅構内・列車内での飲食サービス、飲食事業)
【従業員の内訳】正社員1,156名、パートタイマー6,558名

三浦 由紀江さんの年表

キャリアアップ~STORY

23年の専業主婦ライフから44歳でパートデビュー

現在『駅弁マイスター』として売場の指導にあたり、外部からの講演依頼も絶えることのない三浦さん。自営業の夫を支え3人の子育てに邁進した23年間の専業主婦ライフから、44歳でパートデビューし、9年という異例のスピードで大宮営業所の所長まで駆け上がりました。

パートを始めたきっかけは、大学生になった長女の言葉。手慣れた家事をサッとこなし後はのんびり過ごす姿に“ブラブラしてないで、働けば?”とアルバイト雑誌を手渡され“駅弁販売なら袋に入れて渡すだけで楽なはず”と勤め先まで指定されてしまいます。ちょうど「自転車で通える距離、制服があって通勤時の服装に気を遣わないですむなら。」という自分の条件にもマッチしたため、JR上野駅で駅弁販売に励む日々が始まりました。当初は午前10時から4時間×週4~5日のシフト。慣れない仕事におどおどしていましたが「うちのお弁当は美味しい!」と感じた三浦さんは、自慢の駅弁を販売する楽しさに目覚めます。社員の依頼に応じて勤務は次第に早朝からとなり、やがて1日7~8時間に。“三浦さん、よく頑張るね!”と評価が高まる頃、「でもこのやり方はおかしい…。」と問題点にも気づき始めます。「当時、いつも品切れする人気商品と、売れ残る商品がありました。なのになぜ入荷は同数の30個・30個なんだろう?お客様のニーズに合わせて発注数を変えればいいのに。」そう提案すると“じゃあ自分で数を出して調整してよ”と頼まれ「そんな重要なことをパートの私に任せてくれるなんて、と頑張っちゃいました!」結果、確かな数読みと発注コントロールで、人気商品の販売拡大と廃棄の削減に成功。2年足らずで売店店長に昇格することになりました。

“パートの中心的存在”から正社員へ、意識改革でマネジメントのプロに

『駅弁マイスター』として、今日も精力的に販売活動にあたる三浦さん。

『駅弁マイスター』として、今日も精力的に販売活動にあたる三浦さん。

そこで三浦さんは自店の開店時間を、それまでの朝6時半から1時間早めます。「5時半に新幹線のゲートが開くので、開店を待つ行列ができるのが常でした。お待ちいただくより1時間早く店を開けたくなって。」そこで「私が5時に来て準備します!」と宣言、配送部門にも協力をあおぎ開店を前倒ししました。この1時間の売上は素晴らしく、繁忙期にはおにぎりなどの低単価商品だけで10万円を達成。需要を捉えた改革と、明るい笑顔のコミュニケーションで、年間トータルで5千万円もの売上アップに成功します。

2001年には、上野駅8店舗を束ねる総括店長に昇進。売店での実績を評価され、8店のパート教育やシフト管理、発注コントロールなど正社員と同じ仕事を一任されます。「店頭での販売は充分に極めた、と思っていましたから、新たな事務系のマネジメント業務に興味をかき立てられ、非常に楽しく取り組みました。」また、相手が誰でも率直に提言やアドバイスをぶつける明るいキャラクターがスタッフの信頼を集めます。そして2003年に契約社員、2006年には正社員の登用試験に合格しました。「正社員になって、上司に“もうパートの親玉でいては駄目だよ”という言葉を贈られ、仕事に臨む考え方をガラリと変えました。指示を受けたら批判や文句を言わず全てを一度“はい”と受け止めよう。たとえ八方美人と言われてもパートの気持ちと会社の実情の両方を理解しよう、と決意したんです。」カジュアルだった言葉遣いも改め、マネジメントやコーチングの本を読んだり、セミナーにも積極的に参加。ライフスタイルは契約社員になった時点で日勤(シフト制)に変わり少し変化していましたが、家族が“全くよく働くなぁ”と感心して見守ってくれたことで、心置きなく仕事に打ち込む毎日でした。

サプライズ人事で営業所長に。巨額の売上アップを達成

そして2007年、最大のサプライズが訪れます。突然の社長面接を経て、大宮営業所長の辞令が下ったのです。『現場目線での改革』を図る異例の人事で、係長・課長・次長を飛び越しての大抜擢でした。9年目にして通い慣れた上野駅を離れ、9名の社員、110名のパートのトップとして大宮駅へ異動。駅弁店舗5店、そば屋2店を(後には南与野駅のプレミアムバー1店・鉄道博物館内日本食堂レストランと駅弁売店2店舗)統括する立場に。

三浦さんは、上野駅で培った駅弁販売の方法論を大宮営業所に当てはめることから改革に着手しました。パート販売員にどの駅弁をいくつ発注するか数出しを任せ、楽しく協力し合って売り切ることで売上をアップ。さらに昼食の繁忙時間帯に自らそば屋を手伝うことで動線のムダを発見し、回転率を劇的に改善。この他様々な改革で、就任1年目に5千万円、2・3年目に各3千万円、合計1億1千万円の売上アップを達成します。「どんどん売上が上がったから、私のマネジメントで合っていたのでしょう。この数字にメディアの取材が集まり、NHKの“プロフェッショナル仕事の流儀”にも取り上げられました。でもすごかったのは私ではなく、人事を断行した当時の社長だと思います。私のような人材はどこにでも転がっている。ポジションを与えることで活性化する会社も多いはずです。」

2013年に60歳の定年退職を迎えた三浦さんは、オファーが殺到する講演活動を自由に行うために、嘱託社員などの道を選ばず、『駅弁マイスター』として現場を指導する道を選択しました。実は現在の報酬を時給に換算すると1,100円。「自称“最強パートの再登場”です。会社からも“いいんですか!?”と驚かれていますが、指導や講演で働くみんなを応援していきたいから。」独自の視点を貫いて、今日も三浦さんは現場に立ち続けます。

応援メッセージ

三浦 由紀江さん

「いい仕事ありませんか。」ではなく、自分で仕事を良いものに変えていきましょう!もし辛いことがあっても気分を切り替え、翌日笑顔で仕事場に行けば、自分のいる場所が幸せなものに変わっていきますよ。

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