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キャリアアップ事例

キャリアアップに成功した方々を紹介します。
自分の希望の働き方について、キャリアアップを目指しましょう

株式会社ヨークベニマル
平間 文子さん(執行役員/仙南ゾーンCSトレーナー)

平間 文子さん

パート社員のまま、役員に昇格。
家庭を守りながら、地域密着型を極める!

会社データ(2014年2月末現在)
【事業内容】スーパーマーケット
【従業員の内訳】正社員2,538名、パート社員10,729名

キャリアアップ~STORY

36歳にして専業主婦がパートタイマー・デビュー

ヨークベニマルの平間さんはパートで入社し、「執行役員」になった現在も「パート社員」のまま勤めています。正社員にならなかったのには大きな理由がありました。

専業主婦だった平間さんは、子供たちが一人で留守番できる年齢に育ったのを機に、外で働こうと決心します。ヨークベニマル相馬店のパートに応募したのは1988年、36歳の時でした。

ヨークベニマルは、食料品を中心としたスーパーマーケットで、福島県を中心に宮城県、山形県、栃木県、茨城県で約200店舗を展開しています。

最初の配属は、鮮魚売場で商品にラベルを貼る仕事でした。業務に慣れるにつれて好奇心が芽生え、在庫切れ商品の発注、陳列棚の改善、試食の調理、卸問屋での買い付けなどを次々と手がけます。「自分で仕入れ加工して、それが売れる喜びを知りました。何か思いつくたび手を挙げ、社員の仕事の領域にまで手を伸ばしていました。」と平間さん。やがて粗利計算をして「これは薄利多売路線だ」と判断すると、年間の仕入れ量や価格の交渉をするほどの力をつけていきました。

現場仕事がすごく楽しい。ふと気づけば管理職に!

1990年、平間さんは準社員(エキスパート社員)に昇進します。勤務時間が7.5時間に伸び、時給も上がりました。販売員を続けながら、販売計画書を作成し、何をどの陳列棚でいくつ売り、どれだけ売上を伸ばすかの企画も担当。自分が発注した量や金額、どんな人が買ったか、その日の売上や翌日に仕入れる品目など、思いつくままに自前の「平間手帳」に毎日細かくメモします。同期入社したパート仲間の上司役になっても、上からものを言うことなく、全員で得意なことを持ち寄って働こうと声をかけ、いい人間関係も築いていきました。

1995年、平間さんは「管理マネジャー」に昇進。これは店長の補佐役として店全体の運営管理、店員の接客指導、店長への業務改善提案などを行う役職です。最初は辞退しましたが、後続の育成と女性管理職の登用促進を図るためだと説得されました。「組織人は居心地がいいポストに居続けてはいけませんからね。」

1997年には店長代理、1999年には隣県の大型店舗の業務統括マネジャー、2001年には労働組合副委員長を務めるなど、順調にステップアップしました。

仕事が面白いから働いている。役職は後から付いてくる

2001年には「カスタマーサービストレーナー」(以下CSトレーナー)に就任。これは担当エリア内の10数店舗に向け、業務統括マネジャー、事務検品・レジ部門の教育、新店の接客研修、社内ルールの徹底遵守などを強化する重職です。それでも平間さんは正社員(ナショナル社員)にはなろうとしませんでした。正社員は辞令ひとつで他県への転勤があるからです。

「家庭を最優先したいという理由のほか、私にはもっと強い思いがありました。私にとってスーパーの仕事の醍醐味は、主婦の心をつかむ地域密着型で働けることです。当社のこの取り組みは、地域の方々から強く支持されています。よく他の地域から店長や部門マネジャーが赴任すると、この地域密着型路線が薄れるケースもあるのですが、地域で採用されたパートに加えて、地域出身の管理職が最低1人いることで、店舗運営の流れが大きく変わらずにすみます。その管理職に就くのは、女性がふさわしいと考えています。そもそも私は仕事が面白いから働いているのであって、役職は後から付いてくるものだと思っています。」と平間さんは一気に語りました。

良かれと思ったら全力で。その心は息子にも伝わった

平間さんは60歳で定年退職して、第2の人生では絵手紙やガーデニング、ゴルフなど、趣味に時間を費やすつもりでした。しかし2012年、会社から突然“執行役員兼CSトレーナーとして残って欲しい。平間さんの主婦感覚での経験と発想力が必要だ”と声がかかりました。こうして、第一号の“準社員のままの役員”が誕生しました。

同社の約30名の役員のうち、女性は平間さんを含めて3名。「これからは店で働く多くの女性たちが、何をどう感じているかを知ることが大切です。商売は売り手側だけでなく、買い手側の発想も非常に重要だからです。スーパーでは売る人も買う人も断トツで女性が多い。当社の役員陣もそこに目を向けて、女性社員の待遇制度をさらに充実させようと動き始めました。私もそれに貢献したい。きちんと線路を引いて、後輩に役立ててもらうのが私の役員としての使命です。」と平間さん。

しかし、これまでの道のりには辛い出来事もありました。平間さんの母親が大病で14年間寝たきり生活となった時は、介護のために、初めて仕事を辞めようという気持ちになりました。ところが父親に“介護は俺一人でできる。文子が活躍することのほうが楽しみだから仕事は続けなさい”と応援されました。「それでも、もし仕事が面白くなかったら、私はあの時に退職していたでしょう。」

平間さんは現在、管轄する全19店舗の研修・指導、店舗監査などで多忙な日々を過ごしています。「仕事にのめり込み過ぎないよう、私は今もタイムカードを押しています。こんな役員は私だけですけどね。」と飛びきりの笑顔を見せました。

入社当時は小学生だった息子さんも、平間さんのチャレンジ精神を受け継ぎ、今ではIT企業の経営者。「“母親の背中を見て学ぶことが多かったよ”と息子に言われて、自分の生き方に自信が持てました。」と平間さんは最後に一瞬、母親の顔に戻りました。

応援メッセージ

平間 文子さん

わからないことをわからないと言える人でいてください。部下に質問されて怒る上司はいません。途中で放り出さず、目の前の問題を一つ一つ解決するために、周りの力を借りて成長しましょう。

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