パート労働者のためのキャリアアップに関する情報サイト

メニュー

ここから本文です

キャリアアップ事例

キャリアアップに成功した方々を紹介します。
自分の希望の働き方について、キャリアアップを目指しましょう

堂本食品株式会社
浜本 京子さん(開発営業推進室 室長)

浜本 京子さん

心と心、商品と消費者を丁寧につなぐ
パッケージ制作を極めて、取締役へ。

会社データ(2014年1月現在)
【事業内容】食品製造販売(流通小売)
【従業員の内訳】正社員277名、パートタイマー22名

キャリアアップ~STORY

インスピレーションで選んだ会社に、飛び込みでパート入社

和惣菜・佃煮・レトルト食品などを製造販売する堂本食品にパート入社して31年。浜本さんは17年で取締役に上りつめ、現在は開発営業推進室室長として、講演や営業サポートに全国を飛び回る毎日です。入社前の経歴は、高校卒業後、銀行に勤務。若くして結婚し出産を機に退行。2人の子育てをしながら家庭用清掃用品の訪問販売などを行い、100軒余りの新規開拓に成功する活躍ぶりでしたが、子供達が小学生になったのを機に、より安定した就職先を探していました。

そんな1983年のある日、堂本食品の電柱看板が目に飛び込んできます。知らない会社でしたが3つの理由から「ここだ」と直感、「まず、家にも子供の小学校にもバイクで3分という距離。次に、主婦にも身近な食品という職種。そして、看板を出す会社ならある程度規模が大きく勉強になりそう、という期待でした。」そこで履歴書を持って、飛び込みで会社を訪問。この時は総務部の担当者に面談できただけでしたが、半年後に「面接を」と電話がかかってきます。「当時、堂本食品は“老舗の佃煮屋”から“食品メーカー”へと脱皮をはかり“これからはソフトの時代だ”と企画室を立ち上げたところでした。」“半年前に来たあの人なら面白いかも”と声がかかったとはいえ現実は厳しく、最初はパートでの採用。「面接で“適性がなければ、ずっと企画室に居てもらえるか分からない”と言われました。そこで“精一杯頑張ることだけはお約束します”とアピールし、覚悟を決めて入社しました。」

“中継ぎ役”として培ったコミュニケーション力で正社員に

グッドデザイン賞に選ばれた商品を前に。
手がけた商品への愛情は人一倍。

ところが待っていたのは自分の存在価値を探す日々でした。直属の上司が大阪営業所常駐だったため、広島本社の開発部企画室は浜本さんただひとり。断片的な指示を受けて対応するのが精一杯で「周囲から“何をやっているのか分からない”と言われ辛かったです。」しかし浜本さんは諦めることなく指示された仕事に最善を尽くします。パッケージのデザインや印刷に関する上司の指示を、いかに正確に外注先に伝えるか。逆に外注先の意図や本社の意見を、いかに汲みとって大阪の上司にフィードバックするか。断片を組み合わせ真意を伝達する“中継ぎ役”に徹しました。空いた時間は工場を手伝ったり、開発部で使用した鍋釜洗いなども買って出て次第に会社に溶け込み、半年後、正社員に登用されます。

その成長に呼応するように社内体制も変わり、コンセプト・ネーミング・デザインの制作管理を一任される立場に。「新しい上司に“失敗してもいいから思い切りやれ”と背中を押されました。」“中継ぎ役”の経験は、パッケージづくりにも活かされます。浜本さんは、新商品にこめられた開発室の意図を、デザインにかえて消費者に伝える“中継ぎ役”として本領を発揮し始めます。「はじめはデザインを依頼していた会社から良いものが上がってこない、と悩みましたが、次第にメーカーである私たちが事前にコンセプトを固め、それを伝達しないと、良いデザインにならないことに気づきました。」表現力に優れたデザイナー探しにも着手。講演会などに積極的に参加し「これぞ」と思う人と出会ったら、遠方でも出向いて仕事を依頼しました。「信頼するデザイナーから“浜本さんでなければこのパッケージは生まれなかった”と言われたことが今も私の宝物です。」

“ちょうつがい”として全社をつないだ管理職時代

30代後半ころ、浜本さんは2人の子供を連れて離婚という転機を迎えます。「このままでは食べて行けない、と友人に相談したら“今の会社でとにかく上を目指せ”とアドバイスされ、大きな原動力になりました。」結果、浜本さんは「役職者になりたい」と自ら手を挙げて、それまで以上に仕事に打ち込み、1993年開発部企画室主任として同社初の女性管理職に。「部下に、企画室は会社の“ちょうつがい役”と指導しました。パッケージに商品を詰め出荷する現場にも気を配り、もし不都合があったらすぐ生産・販売部門に意見をつないで自主的に改良していこう、と。ちょうつがいは外から見えませんが、会社がスムーズに回るためには欠かせないものです。」この全社的なリーダーシップで、1996年に開発部企画室室長(課長職)、2001年に取締役企画室室長に昇格。この間、日本初のむき甘栗のお菓子の開発に関わってヒットに導いたり、通販部門を立ち上げて年間4千万円の売りを構築するなど様々な成果をあげました。60歳で定年を迎えた2010年には役員を勇退し、新たに営業部と開発部の架け橋となる開発営業推進室を立ち上げ、時代にマッチしたこだわり佃煮シリーズや、高齢者にやさしいお惣菜シリーズの企画・拡販にも携わってきました。今、浜本さんは、自社商品が米周り商品であることや自身の米への尊敬と愛着も手伝って『米文化伝道士』を名乗り、日本の食文化継承への想いを表現しています。「私は単なる“やらされる”的な仕事が余り好きではありません。どうせなら自らの知恵を加えて能動的にするほうが、仕事は楽しくなりますよね。」企業や社会で必要とされる“存在価値”の見つけ方を教えていただくことができました。

応援メッセージ

浜本 京子さん

『働く』とは『はた(周り)をラクにする』こと。自分のためだけに働くのではなく、いかに周りに好影響をおよぼせるか常に考えてみませんか。最初は小さな仕事でも、必ずチャンスが生まれますよ!

ページの先頭に戻る